7 学び手のリアリズムに寄り添う
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本文中で何度か「米づくり」という表現をしたが、米をつくるのは稲である。人間はその生長を支える環境の一部でしかない。実習後に学生たちと作成する報告書の表題も農業ではなく「農の営みと教師教育」としている。
「枝は木に任せて自由にのばさせた方がいい。そして根を健康にしてあげることが一番大切。枝の剪定は来年の生長を考えての準備である」、「田植え後の最初の草取りの目的は、手で株間を撹拌していく時に文字通り草を取り、田んぼの養分を均等にし、地中のガス抜きや苗の観察をすることなどいくつもある」
摘果作業や田の草取りでのこうした教えには、今おこなっている自分たちの作業を生産過程全体の中で理解し、みずからの行為の意味と自己の位置を理解する学びがある。これは学生たちにとって、プロセスよりも結果が重視される学校教育の現状に対する問い直しを具体的な体験から実感できる瞬間でもある。
「肥料をやりすぎても養分が稲穂に集まりすぎて稲が倒れてしまう」
間接的であれ、農作業の心地よい体験を通じて、このことを学生たちは「つめこみ教育」のマイナス面と結びつけ、これからの教育のあり方を考えていこうとしている。
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