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(1) 子どもたちの「生きる力」をはぐくむには大人が変わらなければならない
(2) 農の持つ教育力―農村地域とともに開く学びの場
執筆 福島大学教育学部 鈴木庸裕

4 地域の人々に支えられて

 この実習の開始当初、役場から地域一番の農業者お二人(すべて手作業なために昔ながらの農法を伝授できる方がこの地域でも70代後半以上)を紹介してもらった。そして休憩や食事ができ、大勢の学生のためにトイレや水道がある地区の集会所に隣接した田んぼの借り上げなどいくつもの配慮をいただき、町長さんや役場の企画財政課をはじめ、地元農協そして女性部、若連(青年団)、小学校やPTA、老人会、婦人会、スポーツ少年団、地区の農業者会(酪農家や果樹農家など)との交流がはじまった。また、学生たちがボランティアで関わる児童養護施設や知的障害児の会の子どもたちや大学の留学生、教職員などの継続参加もあり、農協の女性部の方々を中心に協力いただいている田植えや稲刈り時の昼食準備では80から100食分になることもある。
 この取り組みは、大学のある福島市に隣接する飯野町の青木地区が中心で、町の人口も7000人弱の中山間地で高齢化率の高い地域である。そこにはこの5年間を終えて、年間作業を含め、のべ1000人を越える学生や関係者、地域の方の足跡が付いた田んぼ(1反2畝)がある。コシニシキとコガネモチを8対2の割合で育てており10俵の収穫量を超える年もある。そのうち餅米は、12月の収穫祭で餅つき大会と次年度の田植えの時の「おふかし」の食材となり、粳米の二俵半ほどは、町の社会福祉協議会を通じて高齢者福祉施設「やすらぎ荘」に寄付し、配食サービスのご飯一年分となる。そのあと学生たちは「働いた分の分け前」として数キロずつ分配しあう。学生それぞれに下宿の仲間と食べたり、家族で新米を食べたり、中には実家に送る「親孝行者」もいる。大学の研究室には炊飯器を常備しているのはいうまでもない。
 こうした米づくりが、生まれ育った地域や生き方、世代を問わず、様々な人間のつながりを生み出している。その中軸には、日々の水管理や環境づくりをめぐる地域や農業者の支えがある。「自分たちのおこなっている作業は、農業のごく一部にしかすぎない。実際に稲が育っていくのを助けているのは町の人々だと思う」という気づきをもつ学生も少なくない。
 
写真3 食事をしながらお年寄りと
談笑する男子学生

5 地域が学生を育てる

 では、こうした支えの所在はどこにあるのか。大学側の目的を理解し、「農業体験に来る学生さんのような人たちが、地元の学校に勤めてくれたらなあ」という声は多くの学生たちが聞き取ってくる。村祭りの時に、御輿を担いで地区中を練り歩きながら「学生大勢でお邪魔して」というと、「学生さんらもこの地域で米をつくっているのだから、行事は一緒でいいんだよ」と返ってくる。稲を育てることがこうした人と人との願いやよろこびをつないでいるあらわれといえる。
 学生たちによる収穫祭には、町の応援でマイクロバスを出し、遠方であったり体の不自由であったりするお年寄りの参加もある。多い年で160名くらいになり、餅つきや学生による出し物で楽しいひとときを過ごす。「12月の第2土曜日」という表現が定着し(地域の行事化)、取り立てての呼びかけはこの近年おこなわなくても、大勢の方が集まってくださる。
 学生たちにとって決して長いとはいえない地域とのつながりであるが、様々な体験活動を達成し、大勢の人々に認められ、それを通して自信を持ち、そしてそのよろこびを共有しあうことができる。これがまさに学生を育てる地域の教育力である。
 収穫祭は、みずから手をかけた餅米で餅つきをし、地元の食材(ジュウネンゴマや大根おろし、小豆など)で食べることの楽しみは言うまでもないが、学生たちにとっては地域への感謝の日である。
 しかし、見落とせないことがある。それは、学生たちが炎天下、草取りをしたり鎌で稲刈りをしたり、自分の息子ですら農業を継がないのに若い人ががんばって取り組んでいるから応援に行こうかといった年輩層の存在である。地域の方々への「おふるまい」と錯覚する学生もいるが、実は学生の努力や成長に対する地域からのボランティア活動であると見るべきであろう。ここにも地域が学生(青年)を育てるというベクトルがある。
 
写真4 地元のおばあちゃんと孫を囲んで

6 地域・農業を育てる学生たち

 しかしもう一方で、「地域が学生を育てる」から「地域を学生が育てる」という部分もある。これは段階論ではなく、子どもや青年が地域の力を引き出していく担い手(パートナー)であるという見方である。
 昔ながらのカンやコツとして営まれてきた農業技術に対して、「どうしてですか」という率直な問い返しはいくつもの知の再生を農業者に促していく。素人ゆえの強みかもしれないが、おそらく負担をかけているに違いない。しかし、自分の農作業を見直す機会になったという農家もある。
 学生たちの食と農に対する質問は、生産と消費を重ね持つ農家にとって印象深く、農作業を学生(消費者)に指導するときに感じる異質さや緊張感も貴重かもしれない。比較的若い農業者たちにとって学生との出会いは、後継者養成(わが子への向き合い方)と重なることも多く、刺激になるとも言われる。学生たちの活動が、農家や地域の「現在」に過去や未来をつなぐ役割となっている。
 減反政策による休耕田の痛々しい様子などを通して、様々な矛盾に気づき、わずかなりにも農業者への共感、農業者の代弁を意識する学生もでてくる。高齢化が続くこの地域における昔ながらの米づくりの体験実習は、機械化・農薬づけの農業によって高齢者の優れた諸能力が破壊され、その出番が失われかけている現状に一石を投じることになる。
 また、実習を開始した初年度に学生たちと一緒に田んぼや村祭りで戯れていた子どもたちも高校生や大学生、社会人になっている。村祭りなど地域の行事を敬遠したがる年頃になった世代が同世代の学生たちとともに御輿を担ぐ光景が増えてきた。田植えからはじまる一連の学生の取り組みが、地域と地元の青年を結びつけるつなぎ目になっている。
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