小中高での教職経験を生かして義務教育での栽培実践を積み重ね10年以上になる。そこで確かにこの一連の活動を体験することによって子供たちに何らかの変化が見られることも分かった。
それにも増して植物を育てたことのない親や周りの人たちも栽培活動に興味を持ってくれたことも確かだ。しかし時間的、施設、物資的にかなり無理があることも事実だ。
そこで私は今の教育現場でなぜ食農教育が必要かという理論的なおさえを次のように考えた。
戦後欧米の文化教育を取り入れ、合理的で、素早い教育を目指してやってきたことや食文化においても同様であり欧米の食生活(肉やパン)を取り入れた。そんな中で日本人元来の農耕民族であることや古来の食文化(野菜や米)が失われてきているように思う。
それが今になって信じられないような凶悪事件を毎日のように起こさせたりそのような人間を育ててしまったりしているように思う。以前(特に戦後直後食べる物に困った時代)は、どこの家でも食物を作り互いに分け合って生活をしてきた。これにより人間として安定した成長がなされたように思う。そこで私が考えているのは、人間は生まれつき、農耕民族の血が流れておりその因子を持って生まれている。それが現代では、その体験がないため因子が目覚めないうちに大人になったり、一生を終えてしまったりする人がほとんどになっている。一生のうちでできるだけ早い時期に栽培体験(種から自分の力で作物を収穫するところまで)を一度体験させることによって人間が元来持っている因子が呼び起こされ正常な成長が保障されるだろうと考えた。
だから今こそ「栽培教育」が必要だと確信している。しかし残念ながら今の義務教育においては授業時数が減らされコンピューターが主流になり学力の充実が叫ばれている昨今、施設や物資的にも無理な点が多くこの「栽培学習」に時間を取ることは非常に難しいのが現状だ。そこで以下のような方法により研究を進めた。 |